私からK君へ
N社の総合カタログも、いよいよ大詰めとなってきた。今回の仕事は、N社の始めての仕事でもあり、最後の最後まで、気が抜けない。どんな仕事にも、必ずどこかの時点で、小さな針穴に糸を通すほどに、細心の注意を集中させて取り組むステップがあるものだ。最終日の校正段階を迎えている今が、確かに、その一つであると思う。
君の今回の役割は、制作進行だった。オーケーがでた企画案に沿って、制作スケジュールを作り、クライアントと様々なうち合わせをこなし、コピーライターやデザイナー、カメラマン、イラストレーターとの調整を行い、企画提案した通りに、高品質なカタログを制作するために、君の采配による所が大きかった。それはまさに、縁の下の力と言ったところだが、針に糸を通すことができるかどうかは、その縁の下の力次第なのだ。
さて、このフロッピーに残された日記の数が、前回でちょうど50件になっていたこと、君に教えられるまで、知らなかった。4日に一度は、こうして君当てのメッセージを送っていたことになる。
そして、君との付き合いも1年近くを数えるに至った。今日まで、僕らが共有した時間で、どの程度お互いの理解を深め、有益だっただろうか。先ず、僕の方から、率直な感想を言わせてもらおう。
人間は、一生に何度も、「化ける」時があるという。これが同じ人の仕事かと疑ってしまうほどに、急速に進歩するこがある。そして、君はこの1年で、2度「化けて」くれた。1度は、昨年6月から7月にかけて、君が作成したY社の新製品発売にための市場調査報告書。そして、もう一度は、昨年末11月にまとめたS社の採用PR計画のコンペの企画書。いずれも、それまでの君の仕事とは明らかにことなっていた。いつぞや君に話した、「人間」のドラマが感じられる企画書になっていた。
それまでの君の努力の深さと広がりに、敬意を表そう。
君は今、カシヨというプラットフォームに立って、自ら求める全ての方角に対して開かれている、新しいキャリア、新しい生活、新しい希望、新しい挑戦へと旅立つ準備中ができたと思う。
もし、そんな君の晴れやかな旅立ちにいささかの曇りがあるとしたら、それは、自分自身が変革を望まず、現状への安定と過去に遺産の保守を望んで動かないという、自縄自縛だけだと言える。
君が、今後の我が社にとって、かけがえに無い存在になることを信じる。そして、君とまた、一緒に仕事のできる日を楽しみに、この1年間の君との時間を、大切に更新登録しておくことにしよう。
K君から私へ
もう1年、まだ1年。あっという間の1年間。苦しかった1年間だった。楽しかった1年間でした。ただ、がむしゃらの365日。どれもが本当。どれもが嘘。言葉は、どのようにでも響くのに、その響きが周り回って結局自分の気持ちが分からなくなるようです。仕事とは何か、本当は何も分かっていないからなのかもしれません。
自分の中にあるものは、人間が好きで(中でもK子が一番好きで)、社会が好きで、どうも未来は明るく無いようだから、せめて今だけでもみんながシアワセになれればいいな、ということ。これから変わっていくだろう私でも、これだけは変わってほしくない。いつまでも忘れたくない気持ちです。
この会社に就職しようと思った時、ただの印刷会社ではなさそうだとは分かっていましたが、具体的にどの様な仕事をするのか、そのイメージすら思い描くことはできませんでした。1年たった今、これから2年、3年後の自分が何をしているのか、おぼろげながらでも、イメージすることができます。自分でやってみたい仕事の輪郭もだんだんはっきりしてきたようです。1年間で確かに私は変わりました。企画の仕事は、好きでなければ続けられないシンドイ仕事でした。そして、生きがいは仕事です、などと言えない代わりに、素直にこの仕事が好きだと言えるようになりました。今の私は、モーレツ社員にはなりたくないけれど、スーパービジネスマンには、なってみたいと思っています。
※1988(平成元)年4月発行「長野県LEAD」から転載。このシリーズは、終了です。
※写真は、カシヨ印刷株式会社100周年記念誌。(平成4年4月発行)